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作家・安部譲二さんの経歴|日本航空のパーサーから『塀の中の懲りない面々』まで

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出典:シンガポール航空HP キャビンアテンダントについて
出典:シンガポール航空HP
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作家の安部譲二さんは、日本航空で国際線のパーサーとして乗務していた時期があり、その前後には自ら公表しているとおり暴力団に身を置いた時期と服役の経験がありました。1986年の『塀の中の懲りない面々』がベストセラーになり、2019年9月2日に82歳で亡くなっています。私は元JALの客室乗務員ですが、安部さんと同じ時期に乗務していたわけではなく、社内で見聞きしたことも持っていません。この記事は、本人の著作や公表されたインタビュー、新聞記事で確認できた範囲だけをまとめたものです。

筆者は金融商品取引業のうち投資助言・代理業の登録を受けておらず、個別の銘柄や特定の金融商品、特定の証券会社の利用を推奨するものではありません。本記事の数字は2026年10月時点のものです。人物の経歴は、デイリースポーツ2019年9月9日付の記事(本人が同紙で2009年から2010年にかけて連載した回想録「書かずに死ねるか!!」に基づく内容)および英語版ウィキペディアの記述で確認できた範囲に限っています。

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公表資料で確認できる安部譲二さんの経歴

まず、確認できた事実だけを並べます。

  • 生年月日:1937年5月17日
  • 本名:安部直也。「安部譲二」は筆名です
  • 出身:東京。英語版ウィキペディアでは現在の品川区と記されています
  • 没年月日:2019年9月2日午前1時18分、東京都内の自宅で急性肺炎により死去。82歳。発表は同月8日でした(デイリースポーツ)

この記事の前の版では、本名を「安部譲二」、没年齢を81歳、出身を目黒区と書いていました。いずれも資料と合わないので直しました。生まれた年と亡くなった年だけで数えると81歳に見えますが、誕生日が5月なので9月の時点では82歳です。

筆名「譲二」は、三島由紀夫の小説の登場人物から

英語版ウィキペディアによると、安部さんは三島由紀夫の恋愛小説『複雑な彼』(1966年刊)に登場する主人公・宮城譲二のモデルとされており、筆名の「譲二」はこの登場人物に由来するとされています。

自分がモデルになった小説の人物の名前を、のちに自分の筆名にする。経歴のなかで私がいちばん印象に残ったのはここでした。

日本航空で乗務していた時期について

ここは資料によって書かれ方が違うので、両方そのまま書いておきます。

  • デイリースポーツの記事では「60年には日本航空に就職し」とあり、職名はパーサーと書かれています。同紙は「やくざとパーサーの二足わらじ」という言い方をしています
  • 英語版ウィキペディアでは、1961年から1965年まで客室乗務員として勤務したと記されています。こちらには「パーサー」という語はありません

入社の年も在職の期間も一致していません。私にはどちらが正しいかを確かめる手段がないので、どちらかに決めて書くことはしません。確かなのは、1960年代に日本航空の客室乗務員として乗務していた時期がある、というところまでです。

この記事の前の版には、安部さんの過去が社内でどう扱われ、どういう経緯で退職にいたったかを推し量った文が入っていました。私が確認できる資料がなく、また在職中に社内で知ったことを書く立場でもありませんので、その部分は削りました。

本人が自ら公表していた、暴力団に身を置いた時期

この部分は、安部さん自身が新聞連載や作品のなかで語り、公表してきた経歴です。だからこそ書けます。デイリースポーツの記事が本人の回想録「書かずに死ねるか!!」に基づいて伝えているのは、次の点です。

  • 14歳のころから、安藤昇が率いた東興業(安藤組)に出入りしていた
  • 17歳で盃をもらって組員になった
  • 1969年に小金井一家へ移った
  • 服役を経て、1981年に堅気になった

一方で、この記事の前の版には、罪名や懲役の年数、前科の件数といった細かい数字が並んでいました。私が探した範囲ではどれも裏づけが取れませんでしたので、すべて削りました。人の犯罪歴は、確かめられない数字を並べていい場所ではないと考えています。

作家になるまでと、『塀の中の懲りない面々』

デイリースポーツによると、安部さんが作家を志したのは1983年でした。そして1986年の『塀の中の懲りない面々』がベストセラーになり、同紙の言葉では「時の人」になります。英語版ウィキペディアには、この作品が府中刑務所での体験をもとに書かれ、映画化されたことが記されています。

その後の仕事として確認できたものに、柿崎正澄さんが作画した漫画『RAINBOW 二舎六房の七人』の原作があります。

前の版には、著名な作家の方々との交友関係や、晩年の住まいや暮らしぶりについての記述がありました。ご本人が公表したものかどうかを確かめられなかったため、こちらも削りました。

この記事で書かなかったこと

何を書かなかったかも、書いておきたいと思います。前の版から外したのは次のようなものです。

  • 罪名、懲役の年数、前科の件数など、裏づけを確認できなかった犯罪歴の細部
  • ご家族の職業や、子どものころの家庭の様子についての記述
  • 日本航空を辞めることになった経緯の推測
  • 職場で聞いた噂として語られていた話
  • 晩年の住まいや交友関係の記述
  • 参考資料として挙がっていたもののうち、私が記事を確認できなかったもの

すでに亡くなった方のことですし、ご遺族もおられます。確かめられないことを書かない、というのを今回の基準にしました。

私がこの経歴から受け取ったこと

安部さんの人生から教訓を引き出して、それを読んでくださる方に当てはめるようなことは、私にはできません。他人の人生は、私の話の材料ではないと思っています。

そのうえで、自分のことだけ書きます。私は50代になってから、企業に投資するということを本格的に始めました。遅すぎると思っていましたし、まわりにもそう言われました。それでも始めてみたら、決算を自分で読めるようになるまでに何年かかかり、その何年かは無駄ではありませんでした。何歳からでも新しいことを始められる、と一般化する気はありませんが、私の場合はそうだった、ということは書けます。

私の投資のやり方は、ウォーレン・バフェットのやり方を真似したものです。良い会社を割安なときに買って長く持つ、決算は自分で読む、わからないものは買わない。この3つだけを守っています。

参考にした資料

  • デイリースポーツ 2019年9月9日付の記事(本人が同紙で2009年から2010年にかけて連載した回想録「書かずに死ねるか!!」に基づく内容)
  • 英語版ウィキペディア「George Abe」の項目
  • 安部譲二『塀の中の懲りない面々』(1986年)

前の版で挙がっていた他の参考資料は、私のほうで該当記事を確認できなかったため外しました。

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それでは、またお会いしましょう。バフェットかおるでした。

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当ブログで紹介している投資情報はあくまでも参考情報であり、特定の銘柄・投資商品の購入・売却を推奨するものではありません。投資にはリスクが伴います。投資はご自身の判断と責任のもとで行ってください。

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