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こんにちは、バフェットかおるです。今日は、配当金があるのに働き続けている理由を書きます。
先に結論を書きます。私は50代で、2026年9月時点の資産は1億6,510万円、年間の配当金は税引き前で557万円です。税金が引かれたあとで、月におよそ37万円が自動的に振り込まれます。それでも私は今朝も、時給1,210円のデパ地下でレジに立っていました。できれば死ぬ直前まで続けていたいと思っています。
「意味がわからない」とよく言われます。でもこれは、お金を増やす話ではなくて、お金が解決してくれなかったものの話です。投資を始めたからこそ、そして病気で働けない時期が長かったからこそ、こうなりました。
※本記事は私個人の考えと調べたことの紹介であり、特定の銘柄・商品の購入を推奨するものではありません。当ブログは金融商品取引業(投資助言・代理業)の登録を受けていません。数字は2026年9月時点のもので変わります。投資の最終判断はご自身の責任でお願いいたします。
数字だけ見れば「上がり」の人生になりました
私はS&P500のインデックス投資だけで資産を5年で1億円にして、そのあと4%取り崩しルールに戸惑い、1,600万円の税金を払って全額を高配当株に切り替えました。それから4年たった今、資産は1億6,510万円になっています。
30年、機内のカーペットの上に這いつくばって働いていた頃の年収は400万円。手取りは25万円くらいでした。それが今は、配当金だけで年557万円。世間でいうFIRE、経済的自由というものです。
私もそこがゴールだと信じていました。1億円あれば、すべての問題が解決すると思っていたんです。でも、解決しませんでした。
お金で解決しなかった3つのこと
1つ目は、健康です
私は48歳の大晦日、インドのデリーに行く直前に、くも膜下出血で倒れました。右半身には今も麻痺が残っています。ボタンが止められなかったり、うまく力が入らなかったり。日常の些細なことができなくなったことと、常に痛みがあることで、生活の質がガクンと落ち、落ち込むことも増えました。
そして50代で、大腸がんが見つかりました。ステージ3、余命5年と宣告され、まもなく寛解です。全然死ぬ気配がありません。私は相当しぶといようです。
2つ目は、家族との時間です
親との関係はずっと拗らせていて、父が肺がんの末期になるまで、うまく向き合えませんでした。お金があっても、過ぎた時間は戻ってきません。
親孝行をしたことがないまま、今でも母の愚痴を聞くと暗い気持ちになります。姉家族ともうまくいっていないし、夫婦のことも、私はずいぶん拗らせてきました。一番反省しているのは子育てです。キャビンアテンダントだからという言い訳をして、子供が小さい頃からずっと働いていました。子育てに自信がなくて、何が正解かわからなくて逃げていたとも言えます。主婦としての役割を果たさないまま老後に突入し、失われた時間と関係は、もう取り戻せません。
3つ目は、孤独です
これが一番大きいことでした。配当金は毎月振り込まれます。でも、振り込まれた日に「よかったね」と言ってくれる人はいません。
ひとりで寝たきりの布団の中で気づきました。誰にも褒められることのない毎日の中で、自分だけが知っている入金額が、生きていることを肯定してくれているんです。
これがなかったら、収入もなく医療費だけがかかる邪魔者なんじゃないか、と不安になっていたと思います。くも膜下出血のあとのリハビリも、大腸がんでの入院生活も、知らないうちに数百万円が振り込まれているという事実が、支えてくれました。
私が週3回、デパ地下のレジに立つ3つの理由
自己肯定感が低いのは、考える時間が長すぎるからかもしれない。私はそう思っています。あちこち痛くて、会社でも家族でも人間関係が得意ではないので、時間があると悩んでしまう。だからパートを始めました。自分を無理やり、社会に放り出すためです。
1つは、孤独が減るから
アルバイトの大学生や、流れるようにやってくる赤の他人のお客様を見ながら、ちょっとした会話をする。それだけで日常の幸福感が上がっていきます。
2つは、痛みと悩みを忘れられる時間が増えるから
お惣菜を並べている間、コロッケのこぼれた衣を掃除している間は、がんのことも、麻痺のことも、良い母親ではなかったという後悔も、頭から消えます。
私にとってパートは、お金を稼ぐ場所ではなくて、治療のようなものです。時給1,210円の、時間をつぶさせてくれてお金までもらえる場所なので、クビになったら困ります。
だんだん動きが悪くなって、何をしようとしていたんだっけと考えることも増えました。だからレジ打ちだけは間違えない、お客様にだけは損をさせない、衛生管理だけは徹底する。そこに意識を集中しているので、他のスタッフとの会話は減り、お客様に話しかけられても返す余裕がないまま、無我夢中でやっています。
3つは、無我夢中になれるものを探しているから
若い頃はフライトがありました。税関や機材の下調べだけでなく、お客様情報の確認や新しいサービスの勉強まで、無我夢中でやっている間は全てを忘れられました。10時間以上の長距離路線では、人生のこと、戦争のこと、お金のこと、人とは何かという深い話にまで没頭できて、楽しかったです。
フライトで怒られた悩みは育児と家事が相殺してくれて、家で良い親になれない良い妻になれないという悲しさは、仕事の忙しさが相殺してくれていました。
病気で正社員として働けない体になり、時間ができると、虚しさが湧き上がってきます。だからデパ地下で働き、毎晩のYouTubeで、夢中になれるものを片っ端から試しています。毎晩21時のライブに来てくださる方々も、私にとっては生きるために必要なものです。
増えたお金は、使えていません
投資して増えたお金を、私はまだ使えていません。贅沢は敵、無駄なことをしたらもったいないお化けが出る。そう思って生きてきたので、突然思考を切り替えるのが難しいんです。
ただ、幸福感は上がっています。お金がなくて買えないのではなく、お金はあるけれど買わない。これは私にとって、選択肢があるという余裕につながっています。
配当金が変えたのは、金額ではなく「選べること」でした
働く場所も選べるようになりました。「生活のため」ではなく、悩む時間を減らすためという理由で選べています。徒歩5分で通えて、見た目を気にしなくていい制服と頭巾とマスク。身だしなみが何より大事だったキャビンアテンダントの頃と違って、楽です。
余命を宣告されたときも、資産残高を見て「家族に迷惑はかけない」と思えました。お金は幸せそのものではありません。でも不幸の多くを、癒してはくれます。
お金が不安でたまらなかった頃と違って、心が自由になりました。お金では買えない自由な時間と、自由な生き方の選択肢。それが私の幸福感を上げてくれたのだと受け止めています。
まとめ
- 2026年9月時点で資産1億6,510万円、年間配当557万円(税引き前)。それでも私は週3回、時給1,210円のパートを続けています
- お金が解決してくれなかったのは、健康と、家族との時間と、孤独の3つでした
- パートは私にとって、孤独を減らし、痛みと悩みを忘れ、無我夢中になるための場所です
- 配当金が変えてくれたのは金額ではなく、働く理由と働く場所を自分で選べるようになったことでした
最後に。私と同じように、病気や家族のこと、孤独で、つらい夜を過ごしている方へ。無我夢中になれるものは、自分を楽にしてくれます。趣味が何もない私にとって、それがパートであり、こうして文章を書くことでした。
お金があってもなくても、無我夢中になれる小さな居場所は、きっとどこかにあります。このブログのコメント欄にも、よかったら気持ちを書きに来てください。同じ夜を越えている誰かが、きっと読んでいます。
私は、買ったら売らないと決めました。配当金を信じて持ち続ける、というやり方です。50代から始めても、60代、70代で「あのとき始めてよかった」と思える日が来ると、私は思っています。
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月に振り込まれるこの現金の流れがあるから、私は「生活のため」ではない理由でパート先を選べています。その流れを作ってきたのが、手数料の低いこの2つの口座でした。私の両親は対面の証券会社にすすめられるまま高い手数料を払っていたので、私は最初からネット証券にしました。
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