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想像してみてください。ある日、あなたの家に、かつての後輩が訪ねてきます。深々と頭を下げて、一枚の書類を差し出します。
そこに書かれているのは——「あなたの老後の年金を、3割減らすことへの同意書」。「ハンコを、押していただけないでしょうか」。
これは作り話ではありません。2010年、日本で実際に起きたことです。そして私は、その現場にいました。
こんにちは、バフェットかおるです。元JALの国際線客室乗務員として約30年働き、48歳から投資を始めました。今日は、企業年金は減らされることがあるという話を、私が見た現場と、私自身の退職時の出来事まで含めてお話しします。
JAL破綻で起きたこと:現役5割カット、OB・OG3割カット
JALの経営破綻にともない、企業年金は現役社員が5割カット、OB・OGが3割カットされました。日本の企業年金史上、最大規模の減額です。
昔の先輩方からは「JALの年金は数千万円の世界」と聞いていました。特別早期退職で辞めた方は5,000万円から6,000万円受け取ったという話も耳にしたことがあります(※私が聞いた話であり、正確な記録ではありません)。その年金が、半分になる。3割減る。
なぜ「ハンコ」が必要だったのか
当時のJALの企業年金には、約3,300億円の積み立て不足がありました。年利4.5%で運用できる前提の、手厚い制度だったからです。バブルの時代ならともかく、ゼロ金利の時代に4.5%を約束し続けていました。
会社は実質破綻状態。日本政策投資銀行は、融資の条件として年金の減額を求めました。年金を減らさなければ、お金は貸せない。つまり年金を守れば会社が死ぬという状況です。
でも、企業年金は勝手には減らせません。確定給付企業年金の減額には、受給者(OB)と現役、それぞれ3分の2以上の同意と、厚生労働大臣の認可が必要です。だから同意書。だからハンコ。
当時は「OBの同意が集まらなければ、年金基金そのものを解散する」という報道も大きく流れました。基金が解散すれば、減額どころの話ではありません。
壊れたのは、金額だけではありませんでした
誰かが、かつての上司や先輩の家に行って、頭を下げてハンコをもらわなければならない。会社の危機は、ボーナスや給料だけの話ではありません。同じ会社で働いた者同士の人間関係まで壊していきます。
結果として、現役・OBともに3分の2以上の同意が集まり、2010年、減額が認可されました。現役5割減、OB3割減。同じ会社で、同じように働いた。違ったのは「辞めるタイミング」だけ。それで、老後の削られ方が変わりました。
「うちの会社は大丈夫」と思った方へ
事例①:NTT——健全な会社は「減額できなかった」
2006年、NTTグループは受給者(OB)への給付減額を厚生労働省に申請しました。結果は不承認。理由は「経営状況が危機的ではないから」。裁判でも認められませんでした。
これは裏を返すと、恐ろしいことを意味しています。企業年金が減額されるのは、会社が危機に陥ったとき。つまり、給料もボーナスも危ないときに、年金も一緒に削られるということです。分散の真逆です。
事例②:厚生年金基金——制度ごと消えた
かつて全国に1,800以上あった厚生年金基金は、運用難で代行割れが続出し、法改正を経て大半が解散しました。上乗せ部分が消えた元加入者は、全国に大勢いらっしゃいます。
事例③:減額は、実は増えていた
国会図書館の資料には、運用環境の低迷や経営悪化を理由に、現役だけでなくOBへの給付減額を行う企業が増加している、という趣旨の記述があります。しかも欧米と違い、日本には受給者の年金を守る強い法規制や支払保証制度がありません。一度減額されると、法的に取り戻す仕組みは弱いのです。
企業年金は「確定した約束」ではなく、「会社の体力次第で変わりうる約束」。これが制度の本当の姿です。
ここからが、今のあなたの話です:DBからDCへ
JALやNTTのような騒動を経て、日本の会社は何を学んだか。「金額を約束するから、揉めるんだ」ということです。そして起きたのが、確定給付(DB)から確定拠出(DC)への大移動でした。
- 確定給付年金(DB):会社が「将来いくら払うか」を約束する。運用リスクは会社持ち
- 確定拠出年金(DC):会社が「毎月いくら出すか」だけ約束する。運用リスクはあなた持ち
会社は減額騒動のリスクを手放しました。ハンコを集めに行く必要も、もうありません。その代わり、運用の責任者はあなたになりました。
DCの時代のルールはひとつです。自分の口座の中身を、自分で見る。信託報酬は何%か。何に投資しているのか。出口の税金はどうなるのか。この3つだけは、他人任せにしないでください。
最後に——私の退職金の話
5割カットの結果、かつて「数千万円」と言われた企業年金は、私の場合、30年働いて最終的に約1,000万円になりました。でも、話はそこで終わりませんでした。
その1,000万円を受け取るとき、私はこう言われたんです。「先に500万円を払っていただかないと、お渡しできません」
もう一度言います。もらう前に、払うんです。私は言われたとおり500万円を支払い、そのあとに1,000万円が振り込まれました。だから私の中で、30年働いた退職金は、差し引き500万円です。
なぜ、もらう前に払うのか
理由は、休職していた期間の年金の掛金を払っていなかったからでした。
私の30年には、産休が3回、育休が2回、そして病気での休職がありました。その間、お給料が止まっていた。お給料から引かれるはずだった掛金も、止まっていたのです。
私はそのことを、まったく意識していませんでした。休んでいる間、「掛金が止まっています」という通知は来ません。復帰すれば、また普通に働いて、普通に引かれていく。そして何十年も経って、退職して年金を受け取る段になって、初めて言われるのです。「休職中の未払い分を、先に精算してください」と。
働けなかった期間の請求書が、何十年後の出口でまとめて届いた。それが、私の500万円の正体です。
今まさに産休・育休・病気休職を取っている方、取ったことのある方。制度は会社ごとに違います。でも「休んでいた期間の掛金がどう扱われるか」だけは、出口ではなく今、確認しておいてください。私のように、30年後の窓口で知るのではなく。
ちなみに確定拠出年金(DC)は仕組みが違い、休職で掛金が止まっても、後から「払え」と言われることはありません。その代わり、止まった分は積み上がらないまま終わります。昔の年金は「出口で請求書」、今の年金は「静かな空白」。形は違っても、休職が老後に影を落とすことは同じなのです。
よくある質問
Q. 企業年金は、本当に減らされることがあるのですか?
あります。確定給付企業年金の減額には受給者と現役それぞれ3分の2以上の同意と厚生労働大臣の認可が必要ですが、条件が揃えば実際に減額されます。JALの事例はその代表です。
Q. 減額されやすいのはどんな会社ですか?
制度上は、経営が危機的な会社です。NTTの申請が不承認になったのは、経営が健全だったからでした。つまり、給料やボーナスが危ういときに年金も一緒に減るということです。
Q. 確定拠出年金(DC)なら安心ですか?
会社が金額を約束しない代わりに、運用の結果はすべて自分に返ってきます。安心かどうかは、口座の中身を自分で把握しているかどうかで変わります。
Q. 今日、何から始めればいいですか?
企業年金やDCの最新の残高通知を引き出しから出して、何に投資されていて信託報酬が何%かを見てください。それを見た瞬間から、「約束を待つ人」から「自分で備える人」に変わります。
柱は、複数持っておく
会社の年金、国の年金、そして自分の運用。老後の柱は、複数に分けておく。これが、あの現場を見た私がいちばん強く思っていることです。
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