YouTubeチャンネルはこちら

元JAL客室乗務員バフェットかおるが、50代・60代からでも始められる高配当株投資をわかりやすく解説しています。

▶ YouTubeで動画を見る

JALの再建と再上場 2010年の経営破綻から何が変わったのかを整理しました

スポンサーリンク
出典:産経新聞 1億円への道
出典:産経新聞
この記事は約6分で読めます。
スポンサーリンク

※本記事にはプロモーション(PR)が含まれます。

日本航空(JAL)は2010年1月19日に会社更生法の適用を申請し、その2年8か月後の2012年9月19日に東京証券取引所へ再上場しました。再建の土台になったのは、企業再生支援機構による3,500億円の出資と、更生計画にそった債務の整理です。そこに、2010年2月に会長として入った稲盛和夫さんの採算の考え方が重なりました。私は当時この会社の機内で働いていて、数字の意味が後からようやく分かった側の人間です。ここでは、公表資料で確認できる範囲の出来事を、順番に並べ直しておきます。

この記事は私自身の記録で、特定の会社や金融商品の推奨ではありません。当ブログは金融商品取引業(投資助言・代理業)の登録を受けておりません。記載の数字は2026年10月時点のものです。投資の判断はご自身の責任でお願いいたします。

スポンサーリンク

2010年1月、会社更生法の適用を申請するまで

当時のJALは、燃料費の負担、積み上がった債務、採算の合わない路線を同時に抱えていました。2010年1月19日に会社更生法の適用を申請し、同じ日に更生手続の開始が決まっています。

私はそれを、報道より少し先に社内で知らされました。それでも翌日の便は飛んでいて、いつもと同じ準備をしていたので、かえって実感がぼやけていたのを覚えています。

原因を一つに絞る説明は、あとから読むとどれも足りない気がします。国の免許と認可の中で育った会社が、規制が外れた後の形に変わりきれなかった、という見方が、私にはいちばんしっくりきました。

企業再生支援機構による3,500億円の出資

2010年8月31日に企業再生支援機構が出資を決め、同年11月30日に更生計画が認可されました。出資額は3,500億円、普通株式175,000,000株で、2010年12月1日に機構が全議決権を持つ株主になっています。

あわせて、11行の銀行によるリファイナンスが2,549億円(うち日本政策投資銀行1,023億円、国際協力銀行1,013億円)、8社による新規出資が127億円、更生債権等の弁済額が3,950億円と記録されています。

更生手続そのものは2011年3月28日に終結しました。開始決定から約1年2か月で、この種の手続きとしては短い方だったとされています。

稲盛和夫さんが会長に就いた2010年2月

2010年2月1日、京セラを創業した稲盛和夫さんがJALの会長に就任しました。会社の発表によれば、同じ日に会長と社長の就任会見が行われています。

持ち込まれたのは、部門ごとの採算を一つずつ見える形にすることと、働くときの考え方を言葉にして共有することでした。路線ごと、便ごとの数字が現場まで返ってくるようになったのは、私にとっては初めての経験でした。それまで私は、自分の乗る便が黒字なのか赤字なのかを考えたことがありませんでした。

稲盛さんは2012年2月に取締役名誉会長となり、2015年4月に名誉顧問、2022年8月24日に90歳で亡くなっています。

路線と機材と人を、同時に削った2年間

採算の合わない路線からの撤退、大型機の退役、人員の削減が同時に進みました。私の周りでも人が減り、一人が持つ担当は増えました。

企業年金の給付水準の引き下げにも、同意を求める書面が回ってきました。そのときのことは別の記事に書いています。

削ったから結果が出たという言い方は、削られた側にいた人間としては簡単に使えません。ただ、数字がその方向に動いたことは事実として残っています。

2012年9月、東京証券取引所に再上場

2012年8月3日に東京証券取引所から上場承認を受け、同年9月19日に再上場しました。企業再生支援機構は公開のタイミングで保有株式のすべてを売却し、支援を終えています。

業績では、2011年3月期の連結営業利益が1,884億円、2012年3月期が2,049億円と報じられました。破綻の前の水準と比べても高い数字で、当時はこれが長く続くのかどうかが分かりませんでした。

公的な支援を受けた再建を、どう見るか

債務の整理と公的な出資で身軽になった会社と競うことになった側からは、公平ではないという声が出ました。その議論が長く続いたのは当然だと思います。

私はどちらが正しいと言える立場にいません。ただ、会社は制度の力で立ち直ることがあっても、そこで働いていた一人ひとりの生活は制度では戻らない、という感覚だけが残りました。

この再建から私が受け取ったこと

50代になってから企業に投資するようになり、決算書を自分で開くようになりました。あのとき意味が分からなかった「採算」という言葉を、いまは自分の口座の側から見ています。

大きな会社でも消えかけることがあると一度知ってしまうと、一つの勤め先に全部を預ける気にはなれませんでした。私は、買ったら売らないと決めて、配当金を受け取る形を選びました。これは私が自分で決めたことで、ほかの人に合う形かどうかは分かりません。

あわせて読みたい関連記事


無料でお配りしているもの

高配当株で資産づくりを始めるなら、この4つが近道です。


50代から始めても、60代、70代で「あの時始めてよかった」と思える日が来ると、私は思っています。私は、買ったら売らないと決めました。配当金を信じて持ち続ける、というやり方です。

私はYouTubeもやっています。毎日夜9時からライブ配信をしていますので、よろしければ遊びに来てください。チャンネル登録はこちらから → https://www.youtube.com/@buffettkaoru

会社が揺らいでも手元に残るものを、少しずつ用意しておく【PR】

※ここから先は広告(アフィリエイトリンク)を含みます。当ブログ経由でお申し込みいただいても、あなたの費用が増えることはありません。

勤め先が揺らぐことがあると一度知ってから、会社の外に自分の名前の口座を置いておこうと決めました。私が実際に使っているのは次の2つです。

・SBI証券|単元未満株「S株」に対応。日本株も投資信託も1つの口座でまとめられます。
▶ SBI証券の公式サイトを見る

・楽天証券のNISA|NISA口座のページです。取扱商品や手数料、ポイントの条件を、ほかの会社と見比べたいときに。
▶ 楽天証券のNISAページを見る

※手数料・キャンペーンの内容や条件は変更されることがあります。必ず各社の公式サイトで最新の情報をご確認ください。当ブログは金融商品取引業(投資助言・代理業)の登録を受けておらず、特定の証券会社・金融商品の利用を推奨するものではありません。口座開設および投資の最終判断はご自身の責任でお願いいたします。

それでは、またお会いしましょう。バフェットかおるでした。

コメント

タイトルとURLをコピーしました