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元JAL客室乗務員バフェットかおるが、50代・60代からでも始められる高配当株投資をわかりやすく解説しています。

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くも膜下出血と大腸がんで客室乗務員を辞めた日|50代の私が退職までに考えたこと

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私は大手航空会社の国際線で客室乗務員をしていましたが、くも膜下出血で倒れ、そのあとに大腸がんが見つかり、手術を終えたところで退職しました。退職の手続きは、コロナ禍の静かな職場で、誰にも告げずに終わりました。この記事は、辞めるまでに私が何を考えていたかの記録です。病気の原因や治療について私が判断できることは何もなく、ここに書くのは私の受け止め方だけです。

この記事は私自身の記録で、特定の会社や金融商品の推奨ではありません。当ブログは金融商品取引業(投資助言・代理業)の登録を受けておりません。記載の数字は2026年10月時点のものです。投資の判断はご自身の責任でお願いいたします。また、この記事は医療上の助言ではありません。症状や治療の判断は、必ず医師にご相談ください。

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客室乗務員という仕事と、私が倒れた日

制服を着て世界のどこかへ飛ぶ日々は、私が小さいころから思い描いていたものでした。長く続けるつもりでいました。

その日々が止まったのは、大晦日に自宅でくも膜下出血を起こしたときです。翌日に乗る予定だったフライトには乗れませんでした。倒れたこと自体は自分で選べることではないのに、そのときの私は「現場に穴をあけた」という言葉だけが頭に残っていました。

くも膜下出血のあとの休職とリハビリ

そのまま病気休職に入りました。最初は立ち上がることもできず、ベッドの上で体を起こすところからやり直しました。

リハビリを続けて歩けるようになり、私は復帰を目標にしていました。制服にもう一度袖を通すつもりで、そのことだけを考えていた時期です。

診断がつくまでに時間がかかった右半身の痛み

歩けるようになっても、右半身の痛みは残りました。内科、神経内科、脳外科、ペインクリニック、整形外科、心療内科と受診して、最後に線維筋痛症という診断名がつきました。

診断がついたのは、その病気に使う薬で痛みが変わったからだと医師から説明を受けました。名前がつくまでに時間がかかったことで、私は自分の訴えが伝わっていないのではないかと感じた時期がありました。同じように長く説明を続けている方がいると思います。

復帰の準備をしていたときに見つかった大腸がん

職場に戻る準備を進めていたときに、大腸がんが見つかりました。ステージIIIでした。

休職している期間は、会社の定期健診を受ける機会がありませんでした。見つかったときには進んでいましたが、これを自分の落ち度だと考えるのは、今はやめています。病気になることは本人の責任ではないと、何度も人に言われて、ようやくそう思えるようになりました。

検査や治療をどう進めるかは、担当の医師と相談して決めました。私がここで何かを勧められる立場ではありません。

手術のあとに、退職を決めた

手術が終わって、私は退職を決めました。

そのときの気持ちをそのまま書くと、「これ以上は職場に頼れない」というものでした。実際に誰かから辞めてほしいと言われたことはありません。制度としては休職を続ける道もありました。それでも、自分で線を引きたかったのだと思います。

いま振り返れば、もう少し時間をかけて決めてもよかったのかもしれません。あのときの私にはそれが見えていませんでした。

静かな職場で、誰にも告げずに辞めた

手続きのために久しぶりに職場に行くと、コロナ禍で便数が減っていた時期だったので、建物の中はいつもより静かでした。

制服とロッカーの鍵を返し、最後に社員証を返しました。もうここには入れないのだと分かった瞬間のことは、今でも覚えています。私の退職は、その静けさの中でひっそりと終わりました。

制服を返したあとの日常

空の上が日常だったところから、地上で病気と向き合うのが日常になりました。心細い日もあります。それでも、自分のやり方で暮らしていこうと決めました。

空の上で覚えたこと、出会ったお客様、一緒に乗った仲間は、私に残ったものです。そこから力をもらっています。

まさか自分がブログや動画で自分の話をするとは思っていませんでした。元の同僚から見れば奇妙に映るかもしれません。それでも、生きた記録を残したかったので続けています。

いま振り返って思うこと

私が後悔しているのは、病気になったことではなく、休むときに使える制度を自分で調べていなかったことです。傷病手当金や失業給付の順番、受給期間の延長の手続きは、倒れたあとに慌てて調べました。

働けない期間が来ることを、私は想定していませんでした。その経験から、収入の出どころを勤め先ひとつに置かない形を考えるようになりました。

この記事は、誰かに何かを勧めるために書いたものではありません。同じように仕事を離れることを考えている方がいたら、私はこういう経過をたどりました、という一つの例として読んでいただければと思います。

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それでは、またお会いしましょう。バフェットかおるでした。

⚠️ 【投資免責事項】
当ブログで紹介している投資情報はあくまでも参考情報であり、特定の銘柄・投資商品の購入・売却を推奨するものではありません。投資にはリスクが伴います。投資はご自身の判断と責任のもとで行ってください。

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