日本航空食中毒事件
日本航空集団食中毒事件
1975年(昭和50年)2月3日、機内食を食べた200名近くの乗員・乗客が、1時間後に吐き気・嘔吐・下痢・痙攣をおこし、144名が重症、危険な症状の人はICUで治療を受けました。
民間航空機史上最大の集団食中毒事件で、事件後、機内食の最終的な責任者であった支店長が自殺したのです。
状況
この便はチャーター機だったので、344人の乗客と20人の乗員が搭乗し、旅客はコカ・コーラ社員とその家族だけでした。
チャーター便は、日本からアラスカのアンカレッジ国際空港と、デンマークのコペンハーゲン空港を経由して、フランスのシャルル・ド・ゴール空港へ向かうフライトでした。
コペンハーゲン到着予定の1時間半前に、朝食としてハム入りオムレツが提供されたことが、食中毒事件の始まりだったのです。
出典:Rakutenレシピ
その朝食を食べた乗客96人と、CA1人が突然、吐き気・嘔吐・下痢・腹部痙攣をはじめ、最終的に144人が重症で、30人は危険な状態だったため、緊急治療室で処置を受けました。
機内では、多数の乗客がトイレに殺到したと言われています。しかし機内のトイレの数は限られており、乗客は次々と通路に嘔吐など新聞紙を広げてCAが臨機応変に対応したそうです。
処置を受けるデンマークでは、日本語を話せる医療関係者がおらず、乗員乗客でデンマーク語を話せる人もいなかったので、現場は混乱し、デンマーク支店の社員が現地レストランで日本語が話せる人を探し出し、通訳として病院で対応に当たったと言われています。
原因
アメリカ公衆衛生局の調査が入り、乗客の便や嘔吐物や残った33食分のハム入りオムレツから、黄色ブドウ球菌が発見されハムからブドウ球菌による毒素の上昇が検出されたことが判明しました。
食事のケータリングを担当していた当時の日本航空子会社であるインターナショナル・インフライト・ケータリング・カンパニーを調査し、調理を担当した3名のうち1名が右手人差し指と中指に傷があり、そこから菌が混入したことがわかったのです。
ケータリング会社には、4箇所の調理場があり、そこから機内食は提供されています。
指先に怪我があった調理担当者は、3箇所の調理場で食事の用意をしており、ファーストクラス用の40食、およびエコノミークラスの190食の合計220食の調理を担当していました。
指先に包帯を巻いていたにもかかわらず、調理担当者は、上司への報告を行わなかった上、管理者も健康状況の確認を怠っていたのです。
このことが後の惨事を起こすことになるのです。
機内食(200食~300食)は、出発の6時間前位に調理が終わり、巨大冷蔵庫で保管し、その場所は空港から2㎞近く離れているので、トラックが出発の2時間前から、機内に積み込むのが通常です。
結果
機内食を食べた200名近くの乗員・乗客が、1時間後に吐き気・嘔吐・下痢・痙攣をおこし、144名が重症、危険な症状の人はICUで治療を受けました。
そして、支店の最終責任者であるアンカレッジ支店社長が、「責任は全て自分にある」と遺書を書き残して、事件から1週間後に、自殺したのです。
彼は、まだ50代という若さで、ピストル自殺で、自分の命と引き換えに責任を取ったのです。
被害にあった乗客のほとんどは、数日で退院し、後遺症が残った乗客はおらず、死者も出までんでした。
それなのに、彼を自殺にまで追い込んだ理由は何だったのでしょうか?
日本の腹切文化
日本独自の風習で、職務上の責任を取るには、死んで詫びるという「切腹の文化」に起因しているのではないでしょうか?
封建時代における道徳観念のもとで、不始末が生じた時、その責任を自分で判断し、自害することで、自分だけでなく、一族の名誉を保つという理由から、職務上の責任や義理を通すために切腹する武士が多かったと言われています。
出典:Wikipedia
「自ら責任をとって死ぬ」という形式が、相手の期待に応えられなかった時や、自分に責任を感じた時に、自ら腹を切って死ぬ、という観念が、「生き恥」という言葉を作ったように、現在にも受け継がれているのではないでしょうか?
食中毒の本当の原因は、機内食を調理した料理人の指先の怪我です。
そこからブドウ球菌が混入したことは調査結果で明らかだったのですから、責任は一人で抱え込む必要はなかったのです。
指先を怪我していることを、上司へ報告しなかった調理担当者と、上司である管理者や、日々の健康状況の確認をお互い行う同僚にも責任があります。
そして責任を取るべきは個人ではなく、会社だったのではないでしょうか。
日ごろの緩んだ安全管理を真摯に受け止め、二度とこのようなことが起こらないように、有意注意で仕事にあたっていくことが、会社の方針として大事なのです。
責任者が死んだから、終わりではないのです!!
「死んで詫びる」考え方は、果たして正しいのでしょうか・・・
私は間違っていると思います。
成田発ロサンゼルス行き
私が、担当した便でも食中毒未遂事件が起きました。
その日は満席でした。
食事サービス
昼食と夕食の2回の食事サービスにおいて、メニューの選択「お肉が足りない」「和食が足りない」などで走り回ることなく、到着地についた時は、ほっとしたのを覚えています。
突然の電話
私たちCAは、バスでホテルへ移動し、それぞれが、部屋でシャワーを浴びベッドに横になった頃でした。
突然、各部屋の電話が鳴り出しました。
疲れてるのに、パイロットから食事の誘い??
と、面倒な気持ちで電話に出ると・・・
乗客の異変
ビジネスクラスの乗客が、飛行機を降りて数時間後、吐き気・下痢・嘔吐の症状が出始め、「機内で食べた和食の生ものである刺身に問題があったんじゃないか?」と支店にクレームをしてきたのです。
確かに、ビジネスクラスの和食には、刺身の盛り合わせがあったのです。
慌ててフライト時の乗客リストを鞄から取り出し、和食を食べた乗客を確認しました。
乗客リストは、旅客が食べたもの・飲んだもの・機内販売などサービスの漏れを防ぐために機内で使用しています。
個人情報の観点から飛行機を降りる際に、全て廃棄しなければいけないのですが、後からクレームが来た時の対応の為に、KEEPしておくことがあります。
当該旅客は、1食目に、和食とビール2本・白ワイン。
2食目に、うどん・フルーツ・アイスクリーム・冷たい緑茶でした。
- 和食は離陸後2時間以内に食べている。
- 他の旅客も10名以上同じ和食を食べている。
- 同じ和食をクルーミールとして3人のCAが食べている。
リストからその時の情報が浮かび上がってきました。
食中毒①
感染型の食中毒 | 10~72時間後 |
毒素型の食中毒 | 5~24時間後 |
ノロウィルスの場合 | 1~2日後 |
他にも腹痛のお客様が出てきたら大変なことになる!
クルーミールとして、和食を食べた後輩へ電話し、体調を聞くと、「全然問題ない」と言ってくれてホッとしました。
「きっと大丈夫」と自分に言い聞かせながら、ベッドに横になったけど眠れませんでした。
翌朝、また会社から電話が入りました。
同じ和食を食べた他の乗客7名から、腹痛の連絡が入ったのです!
機内で食中毒を出したなんてことがあったら大きな企業リスクです。
- 保健所から営業停止・営業禁止・営業許可取り消しの処分が出る。
- テレビや新聞、SNSで、会社名・処分内容・食中毒事件の概要・指導内容などが公表される。
- 一度でも食中毒事件を起こすと、お客様からの信頼を失い、また新たに取り戻すのは10年以上かかる。
翌日、ロスから成田へ戻り、確認すると、2名の旅客は病院へ行かずに症状が治まり、残り5名は受診したそうです。そして、食中毒ではないことが判明し、食中毒事件は未遂で終わってくれました。
受診費用が、もちろん航空会社が払います。しかし海外での受診は、躊躇する人が多いように感じます。
結論として、機内で提供した和食で食中毒は起きなかったと、証明され、ホッとした出来事です。
食中毒②
コレラ | 重症化すると1日20回以上の下痢や嘔吐、脱水症状になる。
汚染された生水や生ものから感染。 |
赤痢 | 下痢・発熱・嘔吐は菌の型によって違いがある。
保菌者によって汚染された食器には注意し、蚊がたかっている食品も気を付ける。 |
腸チフス | 下痢が起こらないこともある。・徐々に熱が上がり発疹が出て便秘・鼓腸(ガスがたまること)になる。
保菌者から感染。 |
マラリア | 潜伏期間があり、悪寒・震え・39度以上の発熱・頭痛・筋肉痛。
悪化すると、意識障害や腎不全、黄疸を起こし死亡する可能性がある。 |
デング出血熱 | 悪寒・頭痛から始まり、突然の発熱・全身の痛み・リンパ腺の腫れ・皮下出血があり、5~10%が死亡する。
ウィルスを持った蚊に刺されて発症する。 |
肝炎(A,B,C,D,E型) | 38度以上の発熱・倦怠感・食欲不振・嘔吐・黄疸。
A,E型=ウィルスを含んだ食品などから感染。 B,C,D型=感染者の血液・体液から感染。 |
腸内ビブリオ食中毒 | 下痢・腹痛・発熱・嘔吐。
海産魚介類などを生で食べると感染する。 |
サルモネラ菌 | 8~24時間の潜伏期があり、発熱・腹痛・下痢がおこり、通常は2~3日で治る。
肉製品や低温滅菌していないミルクから感染 |
黄色ブドウ球菌 | 30分~6時間の潜伏期の後に下痢・腹痛・嘔吐が現れる。
おにぎり・寿司・乳製品・肉・魚製品が感染源。 |
ボツリヌス菌 | 下痢を伴う神経症状。
18時間の潜伏期。 野菜・ソーセージ・燻製肉が感染源。 |
(参考文献:厚生労働省検疫所 FORTH 海外で健康に過ごすために)
乗客からの通報によって、機内での食事の衛生管理は、さらに厳しくなってきました。
機内での対策
飛行機の中が冷蔵庫の中のように寒い!と感じたことはないですか?
特にギャレイの近くは、エアチラーやドライアイスで、食事を保管しているので
凍えそうな時があります。
これは、何時間も保管している食事や、飲み物の衛生管理のためなのです。
飛行機に乗る時は是非、カーディガンやスウェットなど羽織るものを是非ご用意ください。
CAの対策
食中毒が発生した時に備えて、旅客が、いつ何を食べたか、身体の症状を記録することが大切になってきました。
CAの食事
私たちCAは、担当のクラスでお客様と同じ食事を食べています。
CAの食事
- 旅客のリクエストが偏った時にクルーミールで調整ができる
- 食事に変質・異物混入があった時に代用できる
- 食中毒が起きた時に自分の症状と比較できる
機内で腹痛や嘔吐下痢等の申し出があった場合は、トイレと座席を隔離・限定し、当該旅客の食事トレーを、到着地まで捨てずに保冷して、ケータリング会社へ書類と一緒に提出し、分析を依頼します。
手洗いや消毒を心がけるだけでは、目に見えない菌やウィルスを、死滅させることは難しいので、ケータリング会社・航空会社・清掃会社が、力を合わせて目に見えない敵と、戦う必要があります。
乗務員の体調不良により飛行機が遅れる確率は、1パーセント以下と言われています。
食中毒③
国 | 原因 |
タイ | コレラ・赤痢などの法定伝染病や、腸炎ビブリオ・サルモネラなどの食中毒が発生する。 |
フィリピン | コレラ・赤痢・A型肝炎などの法定伝染病や、腸炎ビブリオ・サルモネラなどの食中毒が発生する。 |
マレーシア | CAの間で下痢が発生する頻度が2番目に多い。
コレラ・赤痢などの法定伝染病や、腸炎ビブリオ・サルモネラなどの食中毒が発生する。 |
ベトナム | 感染症は一年を通して発生しているが、雨季は多発する傾向にある。
マラリアをはじめとする寄生虫が多い。 |
インドネシア | CAの間で下痢が発生する頻度が1番多い場所です。
コレラ・赤痢などの法定伝染病や、腸炎ビブリオ・サルモネラなどの食中毒が発生する。 |
インド | 水質はほとんど飲用に適さない。
火を通したものを食べる(ヨーグルトやラッシーは汚染されているものがある)。 デング出血熱予防の為、蚊に刺されないよう肌を露出しないこと。 |
メキシコ | コレラ・赤痢・腸チフス・サルモネラ・A型肝炎が多発している。 |
ブラジル | コレラ・赤痢・腸チフス・サルモネラ・A型肝炎が多発している。 |
(参考文献:厚生労働省検疫所 FORTH 海外で健康に過ごすために)
私たちCAは、旅客の安全と自分の安全のためにも、衛生状態や食事の管理には十分気を付けています。安心して空の旅での食事を楽しんでください。
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