首都ワシントン近郊にあるレーガン・ナショナル空港の近くで、29日夜、乗客60人と乗員4人を乗せて着陸態勢に入っていたアメリカン航空の旅客機と、訓練中の陸軍のヘリコプターが空中で衝突し、ポトマック川に墜落しました。
元JALパイロットの杉江 弘さんにインタビューした内容を説明します。
杉江キャプテンへのインタビュー内容
旅客機の状況
旅客機の高度とパイロットの状況
事故当時、旅客機は着陸30秒前で、高度は約320フィート(約120メートル)でした。着陸直前のため、機長は滑走路の確認に集中し、副操縦士は計器(飛行データ)を監視していました。そのため、軍用ヘリコプターの接近に気づいていなかった可能性が高いと考えられます。
TCAS(衝突防止装置)の作動状況
TCAS(Traffic Collision Avoidance System:航空機衝突防止装置)は、航空機同士の衝突を防ぐためのシステムです。
この事故では、旅客機のTCASは作動していましたが、回避指示(RA:Resolution Advisory)は出ていませんでした。それは、着陸時や離陸直後の低高度では、地上の物体や他の航空機との近接が避けられないため、TCASの感度を下げて誤警報を防ぐためです。
着陸態勢では、TCASの機能が制限されることがあり、今回は「TA(Traffic Advisory)」という警告シンボル(四角形の表示)のみが表示されていた状態でした。
つまり、旅客機側では「近くに他の航空機がいる」ことは認識できても、具体的な回避操作の指示はなかったため、パイロットがとっさに回避するのは難しかったと考えられます。
収益化:不器用に生きよう https://bukiyoublog.com/aircraft-what-is-tcas
→ここでYouTubeのTCASの音声
TA (Traffic Advisory):赤
航空機同士が数十秒内(RA黄色よりは余裕がある)に衝突の恐れがあり、コクピット内で警報音が1回鳴る。
TCASは航空機同士がそれぞれ電波を送受信することで、互いの位置を検知する仕組みになっていて、電波の行き来に掛かる時間から他機との距離が分かり、さらに電波に高度情報を載せることで、互いの相対的な距離を把握することができますが、軍用機は、情報漏洩などの理由からトランスポンダーを搭載していない、または作動させていない場合があります。
出典:不器用に生きよう https://bukiyoublog.com/aircraft-what-is-tcas
事故の直接的な原因
旅客機のパイロットは、着陸直前のため滑走路に集中しており、またTCASによる回避指示もなかったため、突然軍用ヘリコプターがぶつかってきた形になったと杉江さんは説明しています。
軍用ヘリコプターの状況
TCASの作動状況
軍用ヘリコプター側でもTCASは作動していましたが、旅客機と同じく「TA(Traffic Advisory)」のみが表示されていました。つまり、「近くに航空機がいる」という情報は得ていましたが、衝突回避の警告(RA)はなかったと考えられます。
管制官とのやり取り
軍用ヘリのパイロットは、管制官から「旅客機が見えるか?」と尋ねられ、「見えている」と回答していました。しかし、直前に(10秒前)別のCRJ(リージョナルジェット機)が通過していたため、パイロットはこの飛行機を見ていた可能性があります。つまり、本当に目の前の旅客機を認識していたのかは不明です。しかし、映像にもあるように、旅客機は、主翼の前部分、機首部、または前輪に着陸灯が取り付けられており、離着陸時に昼夜を問わず点灯し、明るい白色光で、滑走路を照らし、機体の視認性を高めています。また航法灯(位置灯)といって、機体の位置と進行方向を示すために常時点灯し、赤い衝突防止灯は、他の航空機との衝突を防ぐために使用されます。そして遠距離からでも機体の存在を確認できるようにストロボライトがあって、主翼の先端に取り付けられた強力な白色閃光灯で、離陸から着陸まで常時点灯しています。つなり夜間の着陸時に旅客機は明るく光っているのに、見えないなんてありえないと思うのです。
軍用ヘリの飛行コース
通常、軍用ヘリは旅客機の進入ルート(最終進入経路)を横切る際、旅客機よりも下を飛行するべきでした。しかし、今回の事故ではヘリが予定とは異なる飛行ルートを飛行し、旅客機の進入経路と交差してしまったことが衝突の原因となった可能性があります。
本来であるならば、軍用機は航空管制官の指示に従い、旅客機との安全な間隔を維持するべきで、民間機の近くで訓練や離着陸を行う場合は、トランスポンダーを作動させ、位置情報を管制官に提供する必要があったのです。
なぜ衝突を避けられなかったのか?
軍用ヘリのパイロットは熟練者であり、目の前に光る旅客機を視認できたはずです。それにも関わらず衝突が起きた理由については、「なぜヘリのパイロットが回避操作を行わなかったのか?」が大きな疑問となっています。
事故の詳細な原因は、フライトレコーダー(飛行記録装置)やブラックボックスの解析を待つ必要があります。
レーガンナショナル空港の混雑と管制官の負担
レーガンナショナル空港は、ワシントンD.C.に位置し、アメリカ国内でも特に混雑する空港の一つです。
そのため、管制官は非常に多くの航空機を管理しなければならず、負担が大きい状況でした。今回の事故も、こうした管制の複雑さが一因となった可能性があります。
まとめ
✅ 旅客機側
- 高度約120m、着陸直前で滑走路に集中
- 副操縦士は計器を見ており、軍用ヘリに気づかなかった可能性
- TCASは作動していたが、回避指示(RA)はなし
- いきなり軍用ヘリがぶつかってきた形
✅ 軍用ヘリ側
- TCASは作動していたが、「TA」のみ表示(回避指示なし)
- 管制官の「旅客機は見えるか?」の質問に「見えている」と回答
- 直前に通過した別のCRJ機と混同した可能性
- 本来のルートよりも高い高度を飛行し、旅客機と衝突
✅ 事故の謎と今後の調査
- 軍用ヘリのパイロットは旅客機を視認できたはずだが、なぜ回避しなかったのか?
- フライトレコーダーやブラックボックスの解析が必要。
→ここで翻訳したCNNの映像
次に、ドクターヘリパイロットの証言を紹介します。(内容は一部省略)https://bell214b1989.blog.fc2.com/
ドクターヘリパイロットの記事
「航空機から他の航空機を見た場合、夜間は普通光しか見えない。ぶつかる10秒前に、ぶつかったCRJと同じ方向に飛んで行く航空機が映っていて、その直後、事故機のCRJがヘリとぶつかっています。つまりヘリのパイロットはCRJを見えていなくて、10秒前に前を飛んで行く機体を管制官から指示されたCRJだと思い込み安心してファイナルを横切ったと考えられます。降下してくるCRJは、ヘリから見るとキラキラ光る街の明かりに溶け込んで発見するのが大変見えにくく、全く見えていなかった可能性は高いのです。 ぶつかる瞬間のビデオを見たら、双方とも全く回避するようなそぶりがなく、安心してぶつかっていっているように見えます。夜間は他の航空機は見えても光にしか見えず、機種がわかるようならその時はぶつかるときでしょう。」
実際、衝突の約30秒前、管制官がヘリコプターに対して「PAT 25 pass behind the CRJ(PAT 25、CRJの後ろを通過せよ)」と指示していたことが音声記録から確認することができたと発表されています。そして、この別の航空機は、衝突の約10秒前に通過したと報告されています。またBBCが入手した音声データによると、事故前にヘリコプターのパイロットは管制官とやり取りをし、旅客機が「見えている」と応答していました。
軍用ヘリパイロットの誤認「2機のCRJ」
事故原因の鍵となるのは、「ヘリのパイロットが本来の衝突対象であるCRJを視認していなかった可能性」 です。
- 事故直前のビデオ映像には、衝突したCRJの前方を飛ぶ別の航空機が映っていた ことが確認されています。
- ヘリのパイロットは、前を飛行する別の機体を管制官から指示されたCRJだと誤認 し、それが通過したことで「安全」と判断し、進路を横切った可能性が指摘されています。
- 夜間の飛行では、他の航空機の識別が非常に難しく、特に地上の明かりと重なる低高度のヘリの発見は困難である ことも関係している可能性があります。
➡️ つまり、ヘリのパイロットは「前方のCRJ」と「事故機のCRJ」の区別がつかず、誤ったタイミングで進入してしまった可能性が高いのです。
CNN
人員不足の管制官
事故当時の管制体制には、大きな問題があったことが明らかになっています。
- 通常、レーガン空港の管制塔には「ヘリ専門の管制官」が配置されるが、事故当時は、たった1人の管制官が飛行機とヘリコプターの両方を担当していました 。FAAが、人員配置に判断ミスがあったとしていますが、トランプ大統領のバイデン政権のDEI(多様性・公平性・包摂性)政策との関連性を示す情報は、根拠が不明確です。
- FAA(米連邦航空局)の報告書では、この配置は「通常の業務体制とは異なっていた」と指摘しています。
- 事故の約30秒前、管制官がヘリに「CRJの後ろを通過するように」と指示 していたことが音声記録から確認されているが、ヘリのパイロットがその指示を正しく理解していたかどうかは不明なのです。
- 2024年からアメリカ国内の空港で管制官の人手不足が深刻化しており、FAAも「全国的な問題」と認識 している現状です。この理由は、パンデミック時に大規模な人員削減をしたことと、新規管制官の訓練プログラムを中断していたからです。
➡️ つまり、管制官の業務負担が大きく、ヘリのパイロットに対する指示が不十分だった可能性があるのです。
軍用機と民間機の異なる安全システム
レーガン空港周辺では、以前から軍用ヘリと民間航空機のニアミスが複数回報告 されています。
- 衝突の前日にも、同じ空域で旅客機がヘリとの接近により急旋回を余儀なくされた事例が多発しています 。
- 軍用ヘリと民間航空機のトランスポンダー(航空機同士の位置情報を共有する装置)は相互通信しない仕様であり、TCAS(衝突防止装置)の警告が適切に機能しなかった可能性 があります。
- トランプ元大統領は「民間航空機と軍用機の間でより強固な安全対策が必要」と発言 し、軍の訓練飛行の見直しを求める声が強まっています。
➡️ 軍用機と民間機が同じ空域を飛行する際の安全対策が不十分だった可能性が大きいのです。
2024年の羽田空港事故や、1971年の全日空雫石衝突事故、そして最近のアメリカでの事故には、いくつかの共通点と問題が見られます。
問題点
空域の共有
– 羽田空港事故:民間機(日本航空)と政府機関の航空機(海上保安庁)が同じ空港を使用。海上保安庁機の死者5名で重傷1名(機長)です。
– 全日空雫石事故:民間機と自衛隊機が同じ空域を飛行。全日空機の死者は162名(乗客155名、乗員7名全員)で自衛隊機の訓練中だったパイロット1名は、脱出に成功しました。彼はその後、戦闘機パイロットから救難機パイロットへ転向し、人命救助の任務を担当しました。2003年10月まで自衛隊で勤務を続け、定年退職し、事故から定年退職まで、約32年間自衛隊で勤務しました。この元訓練生は、悲惨な事故の経験を経て、人命救助という形で社会に貢献する道を選択し、戦闘機から救難機への転向は、事故の影響を強く受けた決断だったと言われています。
– アメリカの事故:民間機と軍用ヘリコプターが同じ空域を飛行。
コミュニケーションの問題
– 羽田空港事故:管制塔と海上保安庁機のコミュニケーションに問題があった。
– 全日空雫石事故:教官機と訓練機の2機で飛行しており、訓練生が旋回する教官の後ろを追う形で訓練を行っていましたが、事故直前、教官は全日空機を発見して回避指示を出しましたが、訓練生は、間に合わず衝突してしまいました。
訓練や緊急任務の影響
– 羽田空港事故:海上保安庁機が地震支援のため急いでいた。
– 全日空雫石事故:自衛隊機が訓練中だった。
– アメリカの事故:これから分析が始まります。
安全管理システムの不備
– 全ての事故で、軍用機(または政府機関の航空機)と民間機の運航を統合的に管理するシステムの不備が指摘できます。
人的要因
各事故で、パイロットの状況認識や判断ミスが関与していることも指摘されています。これらの問題に対処するためには、軍用機と民間機の連携強化、通信システムの改善、空域管理システムの徹底、パイロットの訓練強化が必要です。
夜間飛行での視認性
- 夜間では、航空機の機体は見えにくく、基本的に光(航行灯やストロボライト)のみで識別しています 。
- ヘリのパイロットがCRJを見たとしても、それが「事故機のCRJ」か「別のCRJ」かを判別するのは極めて困難でした 。
- 夜間のレーガン空港付近は都市部の光が強いため、低空を飛行するヘリは地上の光に溶け込みやすく、衝突直前まで旅客機のパイロットから見えなかった可能性が高いのです 。
➡️ 夜間特有の視認性の問題が事故に影響した可能性は大きい。
過去の事例
- 過去3年間で、レーガン空港では少なくとも2回、旅客機がヘリコプターとのニアミスを報告しています 。
- 2025年1月28日(事故の前日)にも、旅客機がヘリとの接近により回避操作を行ったことが記録されています 。
- 専門家は「より厳格な管制基準の導入が必要」と指摘 し、空港周辺の飛行ルールの見直しを求めている最中の事故でした。
➡️ この事故は単発のミスではなく、以前から指摘されていた問題が放置された結果、発生した可能性がある。
必然の事故?
今回の事故は、単純なパイロットのミスや管制官の指示ミスだけではなく、構造的な問題が積み重なった結果、起こるべくして起きた事故 だった可能性が高いのです。
これを、スイスチーズモデルで説明します。
事故防止のための対策を、穴の開いたスイスチーズのスライスに例え、チーズの実体部分は安全対策を、穴は脆弱性や潜在的なエラーを表します。
出典:ツギノジダイ
致命的なミスが発生するプロセス
- 複数の安全対策(チーズスライス)が通常はあります。
- それぞれの安全対策にはミス(穴)が起こります。
– 人員不足
– ヒューマンエラー
– 過酷労働 - 一つの穴だけでは事故には至りません。
- 複数の安全対策の穴が一直線に並んだとき、致命的なミスが発生します。
飛行機事故
- 整備のミス(第1の穴)
- 悪天候(第2の穴)
- パイロットの誤操作(第3の穴)
これらの穴が重なると、人命を脅かす重大事故につながる可能性があると言われ、このモデルは、単一の要因ではなく、小さなミスが重なることで致命的な事故が発生することを示し、安全性を高めるには、個々の対策を強化するだけでなく、システム全体を見直し、穴が一直線に並ばないよう対策を講取る必要があります。
事故の主な要因
✅ 軍用ヘリのパイロットが、前方の別のCRJを事故機と誤認し、誤ったタイミングで進入した可能性
✅ 管制官の業務負担が過剰で、軍用機ヘリのパイロットに適切な指示ができなかった可能性
✅ 軍用機と民間機のトランスポンダーが相互通信できないので、TCASが機能しなかった可能性
✅ 夜間の視認性の問題により、旅客機のパイロットが、ヘリの存在に気づくのが遅れた可能性
✅ 過去にも同様のニアミスが発生していたにもかかわらず、十分な対策が取られなかったこと
今後のNTSB(米国家運輸安全委員会)の調査結果を待つ必要がありますが、この事故が今後の航空安全対策の大きな転換点となる可能性は高いでしょう。
まとめ
2025年1月29日、ワシントンD.C.近郊のレーガン・ナショナル空港付近で、アメリカン航空のCRJ700旅客機と米陸軍のUH-60ブラックホーク・ヘリコプターが空中衝突し、ポトマック川に墜落しました。乗客60人と乗員4人、ヘリに乗っていた兵士3人が全員死亡しました。
事故の原因として、夜間の視認性の悪さやヘリのパイロットによる別の機体の誤認、管制官の人員不足による指示の不備、軍用機と民間機の安全システムの非互換性が指摘されています。また、過去にも同空域でニアミスが報告されており、十分な対策が講じられていなかったことが背景にあります。
この事故は、小さな要因が積み重なり致命的な結果を招いた「スイスチーズモデル」の典型例であり、今後の航空安全対策を見直す契機になると考えられます。
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